森村昂太 インタビュー「サッカーと、ゼルビアが教えてくれたこと」

森村昂太 インタビュー「サッカーと、ゼルビアが教えてくれたこと」

2021シーズンから クリアソン新宿の仲間になった、森村昂太。FC東京U-18からトップ昇格、その後、水戸ホーリーホック、ギラヴァンツ北九州、アビスパ福岡と渡り歩き、最も長い時間を過ごしたFC町田ゼルビアを昨年末で離れた。サッカー人生の中で得た いくつもの気づき、そして、それらに誠実に向き合う 彼にしかできなかった「新宿」という決断について。

©FCMZ

サッカーが上手くても、豊かにはなれない

Q. FC町田ゼルビアというクラブついて、教えてください。
町田に加入してから、2019シーズンまで一緒だった相馬さん(相馬直樹氏)は、チームが一体となることを大事にしている人でした。これまでの町田は、決して強化費が多くない中で「個人ではなく集団で勝つ」というスタイルで、例えば、チームワークの研修は、シーズン前、シーズン中にも実施され「いかにチームメートを助けるか」という意識を醸成していましたし、他にも、クラブハウスは市の施設を借りているんですけど、それもみんなで掃除をして「チームのために」という感覚をつくっていたと思います。

もちろん個を殺さないといけないシチュエーションもありました。もっとやりたいプレー、例えば「止まって、あいだで受ける」とかは個人的には好きだけど、全くさせてもらえなかった(笑)。けれど、チームがまとまっていたので、試合は楽しかったし、何より、相手が町田のサッカーを嫌がっているのが快感でした。最初は軍隊みたいだと思ったけど、個人を生かすにしても、まとまってこそパワーが最大化されるということを、町田というクラブに教えてもらいました。

ある負けた試合で、サポーターの方に「感動した」と言われたことがあったんです。負けはしたけれど、チーム一体となって最後まで戦っている姿勢に感動したと。正直、驚きました。町田に来るまでは、僕は野心だけでやっていました。もちろん全力でやっていましたが、プロサッカーは結果がすべてだと思っていたので、勝ち負け以外の価値なんて、考えたことすらなかった。けれど、町田の、戦う姿勢のようなものに応えてくれる人がいたことは、自分にとって大きな気づきでした。

©FCMZ

町田というクラブも、転換期は転換期です。2020年からはよりプロっぽい感じなったと思うし、チームを大事にしながらも、選手個人のスタイルを前面に押し出していく感じにはなりました。少し切ない気持ちもあります。

ただ、FC町田ゼルビアというクラブは、素晴らしいクラブです。僕が在籍したクラブの中でも、5年間という、最も長いシーズンを共に過ごさせてもらって、変化していくクラブの中でも、まずは「町田でやり切りたい」という想いがありました。タイミングとして、2020シーズンで契約満了になったので、新しいスタートが切れると思いました。

 

Q. サポーターの方が言った「感動した」という言葉を、自身の気づきに変えられたのはなぜでしょう?
FC東京U-15の監督だった長さん(長島裕明氏)から「周りの人が応援してくれる選手になれ」と言われ続けてきたからかもしれません。サッカーの面より人間的な面の方が、たくさん教わったことがあります。本当に口うるさくて、怖かったんです(笑)。

ジュニアユースの世界大会で、ポルトガルに行ってたときだったかな…。相手選手を蔑む発言をしてしまったチームメートがいたんです。試合に勝ったあと、長さんがめちゃくちゃ怒ったんです。そういうのって見逃されがちだと思うんですけど、長さんは全員の前ではっきりと「あれは違うよ」と言いました。

アマチュア年代のうちに、そうした経験ができて「サッカーが上手くても、人としてしっかりしていないと豊かにはなれない」「周りに支えてくれる人がいないと、味気なくなる」そう感じていたのかもしれません。偉そうなことを言うつもりはないんですけど、少なくとも自分は、そういうことを大事にしたいと思ってきました。

 

自分で意思決定することの大切さ

Q. Jリーガーとしてのキャリアを振り返ってください
FC東京のU-18から昇格し、プロ生活をスタートさせたFC東京では、当時梶山(陽平)くん、茂庭(照幸)さん、石川直(宏)さんなど、本当に素晴らしい選手がたくさんいて、プロのレベルの高さを痛感しました。

©︎F.C.TOKYO

それで、プロ2年目からは水戸ホーリーホックに2年、次にギラヴァンツ北九州に1年の期限付き移籍。北九州でチャンスを掴んで、今度はFC東京に戻るか、北九州に完全移籍するかを選ぶことになりました。

北九州は当時、三浦さん(三浦泰年氏)が監督で、すごい面白いサッカーをしていて、結局、北九州に残りました。しかし、今になって振り返ると、自分はFC東京に戻るべきだったと思っています。4年間も外で修行をさせてもらった期限付き移籍の意味を分かっていなかったし、何より、最後、逃げた感覚があったんです。北九州でも、とても良い経験をさせてもらいましたが、それ以上に「自分は、なぜ FC東京に戻って勝負できなかったのか」という後悔が残りました。

それを引きずってしまって、翌年は試合に絡めず、練習も腐っていたし、情けない不甲斐ないシーズンを過ごしました。うまくいかなかったのは必然です。

そこから2014年に、アビスパ福岡に移籍します。しかしここでもうまくいかず、2年目のはじめ、契約は残っているものの構想外のような形になってしまいました。

ただこのとき、チームを離れることもできたけど、それでも、必ず評価を覆すと決意して「半年はプレーさせてほしい」と伝えました。

 

Q. 試合に出れる見込みがほとんどない中で、残ったんですね
この福岡の2年目の半年間は、構想外を宣告されていたけど、ひたむきに、誠実にやれたと、胸を張って言えます。それまではすぐ腐って、メンタルが弱かったんですけど、ここでは違いました。

思えば、FC東京に戻るか、北九州でやるのかときは、なんだかんだ、自分で「決断」ができていなかった。そのときの後悔があったので、自分で「意思決定」をすることの大切さはよくわかっていました。

結局、試合には出られなくて、夏に当時J3のFC町田ゼルビアに移籍しました。ただ、自分で意思決定をして残った福岡の2年目の半年間は自分にとって、本当に価値あるものになりました。

こうした決断ができたのは、やっぱり家族の存在が大きい、家族には助けられています。このとき、ちょうど子どもも生まれたので、強い気持ちがあったのかもしれません。

 

美しいものを自分も追求したい

Q. クリアソン新宿との出会いは?
きっかけは、岡本達也(Criacao Shinjuku #50・株式会社Criacao 社員)くんです。僕が、水戸ホーリーホックに在籍していたときに、彼が練習参加をしていたので、入れ替わりになってしまいましたが、面識はありました。再会したのは、共通の友人の結婚式で、達也くんが余興をするからって、僕もなぜか舞台に引っ張り上げられて…(笑)。

それ以来、お話しさせてもらう機会が増えました。達也くんは既に、ビジネスパーソンとして活動されていたので「こういう世界もあるのか…」と刺激をもらい、閉鎖的なサッカー界を考えたり、自分の無力さを知ったり、視座が高まる感覚がありました。

僕はずっとサッカーの指導者になりたいと思ってきました。サッカーを子どもたちに教え、その成長を支えたいと。僕自身も、サッカーから学んできたものがすべてなので、サッカーからは離れたくないんです。

ただ、達也くんに出会って、ビジネスの世界にも興味を持ってしまった。だからこそ、株式会社Criacaoのように、サッカーを手段にして、他の世界にも価値を生み出すことは、自分にとって「これ以上ないんじゃないか」と思うようになりました。

©︎2021 Criacao

 

Q. 株式会社Criacaoで行う事業だけではなく、クリアソン新宿でカテゴリーを下げてサッカーをすることはどう考えていますか?
昨年クリアソン新宿の、KSL市原PENALTYカップの決勝を、YouTube LIVEで途切れ途切れですが見ました。何か先に繋がっている大会ではないのに、自分たちで「意味づけ」をして、全員が高いモチベーションで…あの戦いっぷりを見て、心打たれ、選手としても、クリアソン新宿の輪に入りたいと思いました。

2020シーズンのKSL市原PENALTYカップ決勝

昨シーズンのはじめ「自分の原動力」「なぜ自分がサッカーをやるのか」を考えていました。やっぱり、幸せを感じる場面として頭に浮かんだのは、チームが点を奪った瞬間、チームが勝利した瞬間でした。町田で過ごしている中で、その喜びは特に大きくて、それは自分1人ではなく仲間と作り上げたもので、応援してくれるサポーターがいて、そういう環境があってこそ、その喜びは生み出されるんです。

僕も感じてきたことですが、ベンチ外になれば、誰しもに悔しさ、妬みがあります。それでも、みんなで、一つのゴールを喜べるのが理想です。組織として、それがきっと最も良い状態で、完璧にやるのは難しいけど、そこを追求していくことが大事です。クリアソン新宿なら、それができるとも思いました。

もちろん、クリアソン新宿の理念は素晴らしいけど、プロから見たら綺麗事なところもあるはずです。それでも、それを本気で追求する姿勢に、本物だなと思ったし、クリアソン新宿のことを美しく見過ぎだとも言われたけれど、美しいものを自分も追求したい、今はそう思っています。

©FCMZ

 

 

 


Criacao Shinjuku(クリアソン新宿)は、今後もサッカーを通じて感動を創造し、人々の結び目になることを、ホームタウンである新宿から実現するとともに、「Enrich the world.」 を掲げ、誰もが豊かさの体現者となれる社会を目指してまいります。

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