今シーズンからクリアソン新宿のアカデミー ヘッドオブコーチングに就任した吉村雅文と、順天堂大学時代に吉村に師事した U-18 監督の伊藤大介。順天堂大時代の吉村の特異な指導方針、それを体感して形成された伊藤のサッカー観。師弟関係で創っていく、クリアソン新宿 アカデミーの未来とは。
吉村雅文(よしむら・まさふみ)
順天堂大学 スポーツ健康科学研究科 教授、Criacao Shinjuku アカデミー ヘッドオブコーチング。順天堂大学体育学部卒業後、順天堂大学蹴球部の指導者、監督として長きにわたり大学サッカー界でタイトルを獲得。 近年では田中純也、天野純をはじめ多くの有力選手を育て上げた。
伊藤大介(いとう・だいすけ)
Criacao Shinjuku U-18 監督。2020年からクリアソン新宿で選手としてプレーし、JFL昇格に大きく貢献。2021シーズンを最後に選手を引退すると、事業に携わりながらトップチームコーチ、今シーズンからU-18の監督に就任した。順天堂大学在学中は吉村の指導の元、岡本達也らとともにプレーした。
ー順天堂大時代、吉村先生からはどんな指導を受けましたか。
伊藤大介(以下 伊藤):
ジェフユナイテッド市原・千葉のユースから順天堂大学に進んで、正直最初は苦しみました。サッカーが中心だったところから、変化に富んだ毎日でした。
例えば(吉村)先生は、能力が足りない選手も試合に出すんです。最初はびっくりしました。サッカーのレベルが揃っていたらピッチでなんとでもなるんですけど、一人心配な選手がいるとそうもいきません。だから、学生だけで試合に向けて何時間もミーティングしたりしました。
試合では、自分の範囲外のこともカバーしないといけないし、眠っている力を引き出し合った感覚がありました。
これを先生は「補完」「補完し合う」という言葉を使って説明したんですが、こうした経験は、サッカーの価値観が広げてくれて、のちのプロ生活10年に大きく効いていました。
順天堂大の選手が、岡本達也もそうですが息が長い選手が多いのも、こうした経験によるものかもしれません。
―「補完」というアイデアは、どこから出てきたんですか
吉村雅文(以下 吉村):
36歳でオランダに留学した時に「サッカーはミスのスポーツだよ」と、当時のアヤックスのダイレクターが話してくれたのがすごく印象的でした。
ミスをするからそれをカバーするサポートする。要するに「補完」をするから上手になっていくんやと。その理解がないと、ミスに怒りを露わにするだけで選手は成長しない。
そういう学びを経て40歳で大学に着任した時、チームづくりについて考えました。順天堂大は日本で一番いい選手がゴロゴロ集まってくるわけではない。であれば、選手たちの今後のサッカーキャリアの可能性を増やしていくためには、4年間成長させなあかんと思いました。
タイトルを取れればいいというわけではなく、18歳から22歳まで成長していくというのを大前提に、大学の運動部があるべきやと思ったんです。
そこで、補完し合う中で成長していくということをコンセプトにしたんです。だから160cmのGKを使ったり、一人動けないふりをさせて10人で試合をさせたり、何かプラスアルファの状況を作るのが指導者やと思ったので、そういうことばっかりやっていました(笑)。
身体の向きがどうこうとかそういうのも大事やけど、本質的には選手が与えられた状況下で、いつもより余分に声を出して、余分に走って、余分にサポートして、そういうことから生まれてくる成長を大切にしたかったんです。
ー長年にわたって大学年代を指導してきたわけですが、育成年代への興味は?
吉村:
それはもう、めちゃめちゃ興味があります。
サッカーが世の中を変えていける力をつける、スポーツの新しい価値を見出していく、そのためには、小学生高学年から高校生くらいまでの育成がすべてと言っても過言ではありません。
だから、そうした年代に対して何かできることはないかといつも考えていました。だからクリアソン新宿からは、一つのチャンスをいただけたと思っています。
だって、トップチームを指導しても面白くないじゃないですか(笑)。人の可能性を伸ばしていくためにスポーツをする、サッカーの本質を知るはずやのに、大人になるにつれて「勝たなあかん」「負けたらあかん」でどんどん狭くなっていく。
育成は選手の変化も見れるし、やっぱり面白いですよ。
ー伊藤監督は、引退した翌年はトップチームでコーチでしたが、2023シーズンからはアカデミーでU-18の監督になりました。
伊藤:
僕は小、中、高をジェフのアカデミーで育ちました。だから、関わるかはわからなかったけど、自分の中でアカデミーというものへの想いは持ち続けていました。
引退して指導者になって適材適所がわかっていない中で、まずはトップチームを見させてもらいました。
そこで一年をやってみて気づいたんですが、僕は試合に出れてる選手ではなく、試合に出れていない選手を成長させることに自分の力が入っていたんです。
例えば、昨年、大和田歩夢(2022シーズンまで在籍・現 Criacao Shinjuku Procriar)は、シーズンを通して試合に絡めない時期が長かったんですが、よくコミュニケーションをとっていました。そして、彼は最後の最後でチャンスを掴んで活躍しました。
「できあがった選手」ではなくて、(吉村)先生も言った「可能性を広げる」指導にやりがいがあったし向き合っていた。だから、アカデミーでそれができるチャンスがあるならやりたいと思いました。
吉村:
(伊藤)大介がアカデミーに携わるのは、僕は大正解やと思うんですよ。
大介みたいなプレイヤーは、おそらくジェフのようなアカデミーでないと育たないタイプなんです。チームの働きをなめらかにしてくれる彼を「潤滑油」のような選手だと言っていました。
上のレベルにいくとそういう選手は重宝されるけど、日本には数が少ない。だって、ある時期は強くて速くて大きくての、高体連出身の選手ばかりが日本代表に選ばれてたからです。
穏やかさの中にサッカーの本質を理解しているような指導者が教えないと、大介みたいなプレイヤーは生まれてこない。画一化されず、プレーの幅がある選手を作るには、これから勉強も必要ですが大介の経験を生かせると思います。
伊藤:
いつだったか先生には、育成年代の指導が向いていると言われたことがありました。その言葉は覚えています。
吉村:
さっきも言いましたけど、レベルが上がると どんどん勝ち負けの世界になっていきます。勝ち負けはめちゃくちゃ大事ですし負けたらかあかんけど、その中でギスギスせずに、タフで、アイデアを持っていて、相手の嫌がる選手を育てられるかです。
大介にはそれができるじゃないかと思ってるんです。
―新宿という場所で、アカデミーを作っていく、育成年代に携わるということについては。
伊藤:
サッカーがしたいことはもちろんですけど、現状、全員が「プロ」という目的のために入ってきているわけではありません。だからこそ、何か自分の可能性を追求していけるようなものがないと、サッカーだけ、プロだけだとミスマッチになるかなと思います。
―トップチームのレベルが上がると、それも変わるんでしょうか。
吉村:
「トップチームの方針に沿ったアカデミー」というのも大事ですが、それにとどまっていると、あんまり発展しないのかなと思います。
だからサッカーを通じて、クリアソンらしさ、新宿らしさを追求していけるようなアカデミーになればいいなと思っています。
伊藤:
スタッフでこういう話もしていますが、難しいですね。
吉村:
難しいけど、構想なきところに現実はないので、考えておかないとね。それが3年先、5年先に現象として起こるので、今 知恵を絞らないといけない。
僕は「選択」ということを大事にしたいなと思っています。
例えば、トップチームを目指すクラスだけではなく、「サッカーをやりながら勉強も頑張れるクラス」「もっとみんなでサッカーを楽しもうよというクラス」。それがピラミッドになっているのではなく並列で、それぞれが選択できる。「選抜」されるのではなく「選択」。
そんなクリアソンのアカデミーでサッカーに触れた選手が、サッカーを80歳まで継続したくなるような、そういう気持ちになっているといいですね。ずっとサッカーを愛し続けられるアカデミー活動。
もちろんプロにいくという可能性も含めて、自分のサッカーのキャリアが広げてほしいです。
―伊藤監督は大事にしたいことはありますか
伊藤:
普通の言葉ですが、僕はサッカーで人間的にも成長してきました。だから、ピッチで起きることが、日常とリンクしていることを意識してほしいと思って、指導しています。
例えば、普通に「相手を思いやることが大切だ」とか言われてもピンとこないと思うんですよ。でも、ピッチだと、それはサポートすることだったり、いいパスを出すことだったり、具体的に捉えることができます。謙虚さとか、感謝とかもそうです。
人間的な部分も含めて、学校で習わないこと養っていきたいです。
吉村:
その子の親に我々はなれないけど、親じゃない我々が伝えられること育めることは、うじゃうじゃありますから。
伊藤:
自分もそうだったけど、ピッチで起きたことを日常に変換するのって、大人にならないとできないんです。でも、僕もそれを教えられてきたからできるようになったので、クリアソン新宿のアカデミーでも、そこを意識して伝えていきたいと思います。
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