引退インタビュー 大野裕行「やり切って、やめていく」

引退インタビュー 大野裕行「やり切って、やめていく」

2020シーズンをもって引退することを決めた、大野裕行にインタビューを実施。クリアソン新宿は、Jリーグから多くの選手が加入するようになったが、そんな中、サークル出身のメンバーとして、大企業で働く35歳の社会人フットボーラーとして、クラブのルーツを証明し続ける存在だった。

大野 裕行(おおの ひろゆき)
◾ ポジション : FW
◾ 生年月日 : 1985年10月23日(35歳)
◾ 身長 / 体重 : 175cm / 65kg
◾ 出身地 : 東京都
◾ 経歴 : 中央大学サッカー同好会→Criacao→Criacao Shinjuku Procriar→Criacao Shinjuku
◾ 在籍:2013年〜2020年

Q. クリアソン新宿を引退する理由を教えてください。
引退する理由かあ…みんなについていけなくなったからかなあ〜(笑)。まあ、理由はたくさんあるんですけど、一番は「これまでもしんどかったけど、もうしんどすぎたから」かもしれない(笑)。

2019シーズンは、関東1部に昇格することができたので、「このタイミングで、良い形でやめようかな」とも思っていました。ただ、ユサ(金裕士・2012年〜2019年在籍)がクリアソン新宿を離れることになって、本当のところは分かりませんが、少なくともユサはもうちょっとやりたんじゃないかなと…。でもユサは長年の間、キャプテンをやってきて、クリアソンをやり切っている姿を見ていたので、仕事も家庭もあって続けることができなくなったけど、やり切ったんだなと思いました。

2019年を最後にチームを離れた、金

あと、同期だったケイ(西山慶・2009〜2016年在籍)も、彼がクリアソンを離れるとき、飲みに行ったんですけど「もう身体がボロボロで、サッカーに何の未練もない」と言ってやめていったんです。それが、ものすごくうらやましくて…。自分もそう言って、終わりたいと思っていました。

僕は、これまで100%でやらない人間でした。一昨年、ナリさん(監督 成山一郎)に「今年は何点だった?」と聞かれて、はじめて、自分が70点くらいを取ろうとしていたことに気づきました。サッカーと仕事の両方を、100%でやろうとせず、最低限の合格点を取れれば良いと思ってずっとやってきました。だから、2020年、最後の一年は、まあ点がすべてではないんですけど、120点くらいを取りたいと思ってやりました。

去年の1年のスタートのとき、そんなことを考えながら、この年で最後というのを決めました。だからやり切ったと思えるように、低い目標で申し訳ないんですけど「JFL昇格」ではなく「平日の練習に行く」という目標を立てました。記憶の限りでは、出張と打ち合わせで一回ずつだけ休みましたが、それ以外は練習に行ったはずなので、僕は一人やり切って、目標達成をしてやめていくと思ってもらえれば(笑)。

Q. 「やり切った」と言えることが大事だったと
そうですね。ただ、サッカーの部分で限界を感じたというのもあります。一昨年は、サッカーで貢献できていた感覚がありました。しかし、タケ(須藤岳晟 #8)も意識が変わり、ダイスケ(伊藤大介 #16)のプレーも本当にすごくて、自分はもう必要ない…と思ったのが、半分冗談、半分本気の理由になるかなと。

2020年の関東リーグの最終節のビデオを見返したとき、その試合も自分の役割であるセカンドボールの回収に徹していたのですが、一人だけ違う競技をやっているみたいだなと思いました。得意なことで評価されるのは嬉しいことですが、一方で「サッカーの面白さは他のところにあるのでは」とも思ってしまいました。けど、それを感じるには、このレベルでは難しいと最終節を見て思ったんです。

サッカーで生きていくのであれば、それでもいいかもしれないけど、サッカーは、僕にとって趣味なので(笑)。役割だけに徹してサッカーをやるというのは、難しいなと思いました。

Q. クリアソンには、2013年から7年間在籍しました。クリアソンの魅力を教えてください。
こう見えて、クリアソンのことは好きでした…(笑)。タケもよく話すけど、クリアソンという組織の「枠」はあるけれど、僕はその「枠」の中にいる「人」が好きです。良い人たちが多いんです。組織には、悪い人も必要かもしれないけど、それでもクリアソンは魅力的です。

そして何より、僕はサッカーが好きだからサッカーを続けてきました。そして、クリアソンの人たちもサッカーが好きで、サッカーに対する姿勢が「ちゃんと」しています。仕事も家庭もサッカーも頑張るのはしんどすぎたけど「やるからにはちゃんとやりたい」という想いがあったので、そういうことに向き合って、頑張ってできるクリアソンの人たちと一緒にできることは、やっぱり楽しかった。

特に若いメンバーからは、たくさん学ばせてもらいました。社会人1、2年目なんて、僕はサッカーをする余裕すらなかった。でも、クリアソン新宿のメンバーは、経験も少ない中でも頑張って両立している。本当にすごいです。そして、全員ではないけれど、多くのメンバーが自分の考えを発信できる。僕はそういうのが苦手なので、恥ずかしい限りです。

言語化が苦手なので、上手くは言えないけど、クリアソン新宿の人たちの、こういう「あり方」に魅力を感じてきたんだと思います。

Q. 今はどんな気持ちですか?
シーズンの最後にあったカップ戦(KSL市原PENALTYカップ)には参加できていなかったので、YouTubeLIVEで見ていました。最初は「自分がいないのが不思議」な感じでしたが、見ているうちに、よくこんなレベルでやっていたなと思うようになって、むしろ「自分がいたのが不思議」という気持ちになりました。離れると、気持ちは変わっていきます。

正直、最初は寂しさもあり、今も寂しさはあるけど、やっぱり無理だなというのが本音かなあ(笑)。よくあんな生活をしてきた、よくここまでやってきたなと、やっぱり不思議な感覚です。

Q. これからのクリアソンとの関わりかたを、どう考えているでしょうか?
今後は、ただのファンになるしかないですね…YouTubeLIVEで応援しますよ、陰ながら。

ただ、悩める選手の飲み相手にはなりたいですね(笑)。アドバイスはできないけど、相談は聞けます。僕もそうだけど、クリアソンのみんなはシャイだから、全然誘ってくれません(笑)。その距離感も嫌いじゃないだけど、でもみんな、語り合うのは好きなはずだから、もうちょっとそういう場があってもいいなと思います。

東京駅だったら、いつでも行きますよ。

 


2013年から、8シーズンに渡ってクリアソン新宿を支えた大野。仕事とのハードな両立をこなし、豊さの体現者であり続けた彼が、クリアソン新宿にもたらした影響は大きい。クリアソン新宿は、世界一に挑戦する中でも、そうした姿勢を忘れずに、クリアソン新宿を離れた人たちの力を借りながら、前に進んでいきます。大野さん、お疲れ様でした!

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