このたび、Criacao Shinjukuに所属しております石井圭太が、2025シーズン限りで引退することとなりましたので、お知らせいたします。

石井 圭太(いしい・けいた)

ポジション
MF

出身/生年月日
神奈川県/1995年6月22日(30歳)

身長/体重
174cm/70kg

経歴
横浜FCユース→横浜FC→いわてグルージャ盛岡→クリアソン新宿

出場記録
J2リーグ 41試合1得点
J3リーグ 89試合4得点
JFL 50試合1得点(※11/20時点)
天皇杯 全日本選手権 11試合0得点

コメント

今シーズンをもちまして、現役を引退することを決断いたしました。

クリアソン新宿に関わるすべての皆様、これまで自分に関わってくださったすべての方々、そして自分のことを応援してくれている皆さまのおかげで、ここまで戦い続けることができたと心から思います。ありがとうございます。

Jリーグ昇格に大きく貢献する、その想いで2023年にクリアソン新宿に加入しました。加入してからの3年間、Jリーグ昇格を達成することはできませんでした。

自分自身は、現役を続けるのか、毎年決断してきましたが、今シーズンをもって選手を引退し、クリアソン新宿の社員として次の道に進むことにしました。

クリアソン新宿での日々は、自分がサッカーでなぜ勝ちたいのか、プレーで何を届けたいのかという理由が増えていきました。

仲間やパートナー、ファンの皆さまの想いを背負い、ピッチで全力を尽くすことの責任と喜びを、改めて実感した3年間でもあります。

勝利を皆で分かち合う機会は多く作れませんでしたが、クリアソンで戦う日々は間違いなく自分のサッカー人生で最高の時間でした。

また、これまで所属した横浜FC、いわてグルージャ盛岡の皆さま、本当にありがとうございました。

横浜FCでは、何者でもなかった自分をプロの舞台へと導いていただきました。
トップ昇格後は思うように結果が出ず、悔しい日々も多かったですが、そのもがきが今までの自分の糧となっています。

何より、中学生の頃から憧れていたクラブのトップチームでプレーできたことは、今でも自分の誇りです。心から感謝しています。

いわてグルージャ盛岡では、初めて地元を離れ、知らない土地で今まで感じたことのない寒さも味わいましたが、多くの人々の温かさに触れました。

自分が最も多く試合に出場したクラブであり、サッカー選手としての価値を高めていただいた場所です。心から感謝しています。

高卒でプロ1年目の頃は、試合にも出られず、紅白戦にも入れず、ただ必死に食らいつく毎日でした。

その時に、「自分はサッカー選手として何を残せるのか」と、強い危機感を抱きました。

そこからは、とにかく愚直に、泥臭く、ひたむきにチームの勝利のためにハードワークをして戦い続けました。
戦う姿で、チームメイトやスタッフ、サポーターの皆さんから信頼され、観ている人の心を揺さぶり、何かを届けられる選手になりたい。その想いでプレーしてきました。

少しずつプレーで表現できるようになり、「いつもどんな時も変わらず、チームのために走り戦い続ける姿に感動しました」などという皆さんからの言葉が、自分に戦う活力を与えてくれました。

引退を決断した今、これまでの自分のプレーでどれだけのことを届けられたのか、あるいは全く届かなかったのかは、分かりません。それでも「自分が信じてプレーしてきたことは間違っていなかった」と胸を張って言えます。

引退後は、クリアソン新宿の社員として、Jリーグ昇格、そして世界一へ。
立場は変わっても、自分らしく、誠実に、コツコツと挑戦し続ける気持ちは変わりません。

これまで本当にありがとうございました。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。