Interview by Player KPMG ジャパン(文=#3 井筒陸也)

語り手:KPMG JAPAN 土屋光輝さん
聞き手:Criacao Shinjuku 選手#3/PR・デジタル戦略室長 井筒陸也
撮影 :株式会社Criacao デザイナー・カメラマン 川口創史

掲載日 2021年8月17日

グレーな部分に、答えを出せるか

井筒:
まず、KPMG ジャパンがどんな会社なのか。私も知っているつもりなのですが、具体的なイメージができていないので…。ぜひ教えてください。

土屋さん:
そうですよね(笑)。KPMG ジャパンには、主にAudit(監査)、Tax(税務)、Advisory(アドバイザリー)の3つのサービスラインがあります。日本の上場企業は、原則として毎年決算書が適正か否か監査を受けることが義務付けられていますが、私が所属するあずさ監査法人はこれらの企業の株主に代わってその役目を担っているわけです。

私の場合は、そのような上場企業の監査の経験を経て、その後、スタートアップが株式上場する際に必要な監査やアドバイザリーに関わることが多くなりました。我々は監査やアドバイザリーを通じて「株式上場してもこの会社は大丈夫だ」ということを見極めていくわけですが、スタートアップの初期は、経営管理が脆弱な場合が多い。

それに反して海外進出やM&A(企業・事業の合併や買収)など、ビジネスの成長スピードが非常に速いことが多いため、改善点や難題が多岐にわたり、日々悩まされることが多かったことを覚えています。ですが、このときに得た経験や知見は今でもものすごく生きています。

井筒:
なるほど、イメージが湧いてきました。

土屋さん:
監査法人は、公認会計士という資格を持った会計の専門家が大多数を占める、少し変わった組織です。したがって「人財がすべて」です。そのため、個人のキャリア形成についても、力を入れています。

井筒:
公認会計士と言えば、個人で開業される方もいるように、プロフェッショナルが集まっているイメージです。

土屋さん:
おっしゃる通りです。ベンチャーなど中小企業の監査であれば10人弱くらいですが、大手企業の監査だとグループ全体で100人以上の監査チームが組成されることもあるので、監査を進めていく上で、チーム力が問われます。これは、サッカーと共通する点が多いのではないでしょうか。

また、クライアントのビジネスモデルやビジネス環境などによって「不正や誤謬(ごびゅう)のリスクがどこに生まれやすいか」が変わってきます。そのため、監査リスクの高い業務により熟練した人を投入したり、人数を割いて対応したりする辺りは「強力な相手選手に対して、誰をマークつけるのか」みたいなことなので、サッカーと似ていますね。監査は、そうやって1年間を通じて戦うわけです。

井筒:
クライアントの会社の方とコミュニケーションをとって、お仕事をされるわけですよね。そこでの関係性のつくり方、非常に難しそうです。

土屋さん:
やはり、どうやって信頼を築いていくかが大事です。そのとき、重要なのは「法令や基準などに書いていないことに、どれだけ対応できるか」ではないかと思います。当然、クライアントも法令や基準などを調べてから相談されるので、相談内容はおのずとグレーな部分が多い。なので、そこで責任を持って答えを出してクライアントを納得させられるかどうかで、信頼関係が決まり、周りの会計士との差別化にもつながります。

井筒:
「監査」と言えば、数字だけのドライな世界かと思っていましたが、人間力のような部分も問われるわけですね。サッカーも、答えがない中で折り合いをつけていく作業がしばしば発生するので、ここにも共通点を感じます。

 

「社会に信頼を、変革に力を」

井筒:
クリアソン新宿は、理念を大事にしているサッカークラブです。KPMG ジャパンの理念についても教えてください。

土屋さん:
KPMG ジャパンでは「社会に信頼を、変革に力を」を存在意義に掲げています。私たちはメーカーのようにモノを作って売るのではなく信頼を売っています。だからこそ、質の高いサービスを積み上げることで常に選ばれる存在になる「The Clear Choice」という言葉をビジョンとしています。

また、目まぐるしく変化するビジネス環境に適応して、我々自身が進化していくことも大切です。昨今、企業を財務価値だけで判断せず、環境や地域などの「社会課題に対して、どれだけ良い影響をもたらしているか」という非財務価値に注目する投資家が増えています。

そうした非財務価値も可視化することで、企業の成長や変革に寄与するとともに持続可能な社会の構築にも貢献することができるのではないか。それらの考えのもと行動し、ビジョンの実現に向かっていく、これが我々の価値創造ストーリーです。

「Value Creation Story」(KPMG ジャパン Our Story 2020/21 p11-12)

井筒:
社会的価値…。サッカーを使って、社会を豊かにしようとしている私たちも、重要視している領域です。このあたりに積極的に取り組まれている点も、私が監査法人に持っていたイメージとは少し違います。

土屋さん:
私が入社したころは、基本的には企業の売上や利益などの決算書に関する業務がメインでした。しかし、時代の変化とともに「我々も進化しないと」ということで、この領域に注力し始めたのは最近の話です。守りの部分、つまり従来までの業務は品質を高めながらやりつつ、攻めの部分、つまり新しいことにも積極的にチャレンジしていくことが、業界をリードしていく我々の責任でもあります。

井筒:
サッカー界でも「競技の結果だけではなく、社会に価値を」というテーマについての議論が増えてきた感覚があります。こうした変化は、様々な業界で同時に起きているんですね。

 

クリアソン新宿であれば、どんどん踏み込んでいくことができる

井筒:
そうした背景がある中で、これまたイメージがつかなかったのですが、土屋さんが「スポーツビジネス」と関わるようになったのは、なぜでしょうか?

土屋さん:
もともと、スポーツ全般が大好きでしたが、2014年のブラジルでのサッカー・ワールドカップを現地ブラジル観戦したあと、帰りの飛行機の中で「これまでのキャリアで得た経験や知見を生かして、スポーツビジネスに何か還元できないだろうか」と思い立ち、2015年にKPMG ジャパンのスポーツアドバイザリー室の立ち上げに参画させてもらいました。

井筒:
すごい行動力です…。

土屋さん:
最初は、私がこれまでのキャリアで得たベンチャーなど中小企業の経営管理強化支援のノウハウを使って、スポーツチームにもガバナンス、コンプライアンス、アカウンタビリティなどの観点で協力・支援できることがないかを模索をしていました。しかし、ご存知の通り、スポーツチームは往々にして資金面に課題を抱えているので、ニーズはあるものの、我々にお金を払ってまでして、タッグを組むことは難しかった。

そこで、前述の時代の変化にも合わせて、スポーツチームの社会的価値の可視化・定量化も行って、スポンサーや自治体へのアピールに活用してもらう、そんな貢献の仕方もあるのではないかと考えました。

実際に、スポーツ庁と日本政策投資銀行が2021年6月に公表した「スタジアム・アリーナおよびスポーツチームがもたらす社会的価値の可視化・定量化調査」*1 に参加させていただき、川崎フロンターレを対象としたケーススタディから、クラブが生み出す社会的価値の連鎖・循環を可視化するとともに、例えば、地域活性化の度合いについて、試合前後の人の流れをGPSデータや、川崎市の地域住民の繋がりやコミュニティの強さをアンケート調査によるソーシャルキャピタルの度合いで定量化したりするなど、社会的価値の可視化・定量化に取り組みました。

*1 「スタジアム・アリーナおよびスポーツチームがもたらす社会的価値の可視化・定量化調査~等々力陸上競技場および川崎フロンターレを対象としたケーススタディ〜」https://www.jleague.jp/sharen/news/1655/

井筒:
そこから、クリアソン新宿というクラブと出会い、こうしてパートナーシップを締結するまでは、どのような流れだったのでしょうか?

土屋さん:
弊社の私の同期が、経営塾で丸山さん(Criacao Shinjuku 代表)に出会い、紹介してもらったのがきっかけです。面白いサッカークラブがあるということで、その同期と盛り上がっていました。実は私が、歌舞伎町の近くの大久保出身で…、今はもう住んではいないのですが、まだ実家があります。

そうした巡り合わせもあって、一度、丸山さんにお会いさせてもらうことにしました。そのとき「なぜ新宿をホームタウンに選んだのか?」とお聞きしたところ、丸山さんは「新宿は日本の社会課題の縮図で、この街でクリアソン新宿が価値を発揮できれば、サッカーの価値を世界中に展開できるからです」とお答えになりました。スポーツには大きな社会的価値があると考えていた私は一気に共感して、大好きなサッカークラブになりました。

井筒:
新宿という場所でサッカークラブを経営することは、難しいチャレンジですが、チャレンジのしがいがあると私も感じています。あと、もう少し深掘りをしたいのですが…、土屋さんと丸山が意気投合することにはイメージがつくのですが、そこからKPMG ジャパンとクリアソン新宿が、組織としてパートナーシップを締結するまでには、まだ登らないといけない階段が8段くらい残っている気がします(笑)。かなり険しい道のりだったと思うのですが、いかにして形にしていったのでしょうか。

土屋さん:
そうですね、本当に険しい道のりでした(笑)。これまでも、スポーツチームに対するスポンサードの話は何件かありました。しかし、監査法人は「市場の番人」とも呼ばれるほど、独立性や中立性を求められる存在であることから、特定の組織には肩入れしづらかったわけです。

ですが今回は、クリアソン新宿を応援することはもちろんですが、クリアソン新宿を通して、地域、新宿のために貢献する、そんな文脈でパートナーシップを結んでいます。私たちも同じ新宿区にオフィスを構えているため、クリアソン新宿の法人パートナーの制度の中でも、地域パートナーという枠組みを使わせていただき、KPMG ジャパンとしてもご一緒できることになったわけです。

井筒:
具体的に、クリアソン新宿とやりたいことは何でしょうか?

土屋さん:
スポーツクラブの社会的価値の可視化・定量化はまだまだ発展途上の領域ですので、その実証実験をやりたいです。丸山さんからも、クリアソン新宿を「好きに使ってください」と信頼していただいています。こんなことを言うと大変失礼ですが、ビッククラブであれば難しいことも、クリアソン新宿であれば、どんどん踏み込んでいくことができると感じています。一緒になって、チャレンジしていきましょう。

最初のプロジェクトとして、現在は、クリアソン新宿の活動がもたらす社会的価値を可視化するプロジェクトを動かしています。これについても、最初に話を持ちかけたとき、すぐにクラブの収入や結果に跳ね返ってくる取り組みではないので、「まあ、いずれはやりたいですね」というような反応も予想していたのですが、二つ返事で「ぜひやりましょう!」と食いついてくれました(笑)。

これは他のスポーツチームには類を見ない反応で、驚きとともにクリアソン新宿の本質が見えた気がしました。クリアソン新宿では、クラブ事業の他に、大学生のキャリア支援事業など、社会を豊かにする活動にも力を入れているわけですが、こうした組織の姿勢には、大きく共感しているところです

ゆくゆくは、Jリーグに上がっていく中で、スタジアムをどうしてくかという未来も待っています。実は、我々は2016年のシーズンにJ1およびJ2全クラブのスタジアムを巡り、「稼げるスタジアム」について5つの指標をつくり「スタジアムアセスメントレポート2016」*2 をまとめました。それまでは、こうした観点でのスタジアムに関するデータがなかったので、各方面から評価をいただきました。「集客力のある自走するスタジアムとは何か」「新宿でそれをどう実現してくか」そうした領域でも、一緒に進んでいければと思います。

*2 「スタジアムアセスメントレポート2016」https://home.kpmg/jp/ja/home/insights/2017/05/stadium-assessment-report.html

 

インタビュー後記

一般的に「四大会計事務所」という呼びかたをする場合がありますが、KPMG ジャパンは その一角をなす巨大組織です。公認会計士という国家資格を引っ提げ、「市場の番人」として、スタートアップから大企業までに監査の眼を光らせる…。インタビューをする前は「正直、ちょっと怖い…。」そんなイメージがありました(笑)。

しかし、土屋さんのご経験を聞いていくうちに、競技特性上のサッカーとの共通点もさることながら「社会に対して、どう働きかけるか?」という意義的な部分まで、挑戦をともにできそうな領域を発見することができました。

特に、現在進行形で取り組んでいる「クリアソン新宿の活動がもたらす社会的価値を可視化するプロジェクト(仮)」は、これまで個々人の体験ベースでしか語られなかった(我々が、しばしば口にする)「サッカーの価値」に、数値や名前が与えられるという点で、非常に楽しみです。プロジェクトの全貌は、間もなく公開されます。ご期待ください。

#3 井筒 陸也