「フラットな」存在としてのサッカークラブ。クリアソン新宿のブランド戦略概論(文=#3 井筒 陸也)

「フラットな」存在としてのサッカークラブ。クリアソン新宿のブランド戦略概論(文=#3 井筒 陸也)

「サッカーの力を、大都会のまちづくりに活用できるか?」というテーマのもと、FiNANCiEにて、クラブトークンの発行をスタートさせたクリアソン新宿。サッカーの文化が存在しない大都会で、クリアソン新宿はどのようにして街に関わり、街をつくっていくのか。クリアソン新宿のブランド戦略部で実施されたインタビューをもとに、紐解く。

FiNANCiEのプロジェクトにはこちらから参加いただけます。
https://financie.jp/users/CriacaoShinjuku/cards

ゴールデン街で撮影されたポスターには、幻のバージョンがあった。

新宿区内を中心にして3月から配布がスタートした、2021のクリアソン新宿シーズンポスターは、現在300箇所以上に貼られている(8/10 現在)。先日は『君の名は。』の聖地でもある、須賀神社で撮影された最新版が公開され、Vol.1からVol.3までが出揃った。

中でも、クリアソン新宿のブランド戦略を象徴するクリエイティブになったのが、ゴールデン街で撮影された Vol.1だ。SNSでも話題となったのは、ゴールデン街が “映えるから” というのは言うまでもないが、それ以上に「サッカークラブのポスターらしくない」そんな引っ掛かりがあったことも要因かもしれない。

2021 クリアソン新宿シーズンポスター Vol.1 @新宿ゴールデン街

このポスター、実は 権利関係の問題でお蔵入りとなったが、ギリギリまで違う構図のバージョンが採用される予定だった。その “幻のバージョン” というのは、撮影でご協力いただいた新宿ゴールデン街 新宿三光商店街振興組合の理事であり、ご自身も飲食店を構える店主の方が写っているもの。

そして、ただ写っているわけではなく、ど真ん中で選手と同じように腕を組み肩を並べていた。アザーカットとしてではない、クラブの公式ポスター(になる予定だった)としてである。選手でも関係者でもない “街の人” が中心に配置される構図は、他に例がないかもしれない。しかし、こうしたケースはクリアソン新宿では珍しいことではない。

昨年の関東サッカーリーグ 第5節では、クリアソン新宿の法人パートナーであるAPOグループのプレゼンツマッチにおいて、APOグループが所有する新宿区内のビル屋上にて撮影を行った。そこにはスーツ姿の役員、事務員、ビルメンテナンスのエッセンシャルワーカーが胸を張り、堂々とクリアソン新宿のポスターに写っている。クリアソン新宿からも選手だけではなく、代表(丸山)、理事(山﨑)など様々な立場な人たちが肩を並べている。

2020年9月6日 リーグ5節 vs 東京23FC 告知ポスター

また、2021シーズンの開幕戦は、クリアソン新宿の、同じく法人パートナーで最古参の金吾堂製菓プレゼンツで、2019年から続く『おせんべマッチ2021』を実施。Jリーグから多くの新加入選手が加入し、サッカー界からの注目度も高かったが、告知のビジュアルに使用されたのは新加入選手ではなく、ここも金吾堂製菓の社員の方々だった。

2021年4月3日 リーグ前期1節 vs 東京23FC 告知ビジュアル

フラットな存在であること

こうしたクリエイティブには、クリアソン新宿が考える「サッカークラブ」と「街」「人」の関係性が詰まっている。

クリアソン新宿は、クリアソン新宿というサッカークラブを強調することをしない。主従の関係に置くということをしない。何より、溶け込んでいることを重要視している。列挙したもの以外のアウトプットでも、このコンセプトは共通している。

選手ですら、絶対のヒーローとしない。それは、試合ごとに発行している「MATCH DAY」 ビジュアルにも踏襲されている。このビジュアルでは、チームメンバーの「選手」と「ビジネスパーソン」の両方の姿が写っている。選手としての役割は背面で表現され、ビジネスパーソンとして、普段は街の人々と同じ生活を送っていることが前面に押し出されている。

Criacao Shinjuku デザイナーの川口、Criacao Shinjuku ブランド戦略部長で社外パートナーの仙石(株式会社博報堂)に、クリアソン新宿のイメージをつくる上で、特に影響を受けたクリエイティブについて聞いた。川口が挙げたのは、プレミアリーグ・マンチェスターU のプロモーションムービー。街中のあらゆる人々が “Glory Glory Man United” の曲に合わせて行進し、オールド・トラッフォードに集うもの。自身はアーセナルファンとして「好きなチームではない」としつつ「時代、立場を超えて、集結するワクワク感は良い」と話した。

仙石は、NIKEの “FIND YOUR GREATNESS.” を選んだ。一握りのアスリートに備わる特別な才能ではなく、万人が持つ人間としての可能性のようなものを諦めないこと、そんなメッセージを伝えられるクラブにしていきたいと話した。

NIKE NEWS:July 25, 2012

こうした中で、見えてくるキーワードは「フラットさ」だ。”Enrich the world.” を掲げるクリアソン新宿は「豊かさ」を「人をつなぐこと」だと定義した。何度も言う通り、新宿は人が行き交う街である。「人がつながること」で、そこに豊さが生まれると確信している。そしてクリアソン新宿というクラブ、あるいは選手は、その立役者である一方で、間を取り持つ存在に過ぎないと考えている。

もちろんスペクタルなプレーを見せて、人に憧れを抱かせることにも価値はある。ブランド戦略として、そうした部分に光を当てることもできる。しかしクリアソン新宿は、そうしたやりかたをしない。街や人たちとフラットな関係でいることを大切にしている。可能な限りで同じだけの照明を当てる。それでこそ、人をつなぐことができる存在になれると思っているからだ。

サッカーを絶対視することもしない。疑いを持ち続けるからこそ真実に近づくことができる。先日スタートしたFiNANCiEのプロジェクトタイトルは「サッカーの力を、大都会のまちづくりに活用できるか?」。しっかり「?」がついている。サッカーがなくても、新宿は十二分に魅力ある街だ。それでも「もし、サッカーを活用できるとすれば?」。クリアソン新宿は、そんな実験の道程にいるし、たくさんの人々を巻き込んで盛大な実験がしたい。


新型コロナウイルスが社会に与えた影響は、これから検証が進むだろう。しかし、その検証を待たずして、疑いようがなく起きてしまったのは、あらゆるものがオンライン化したこと。そして、さらにその先にあった「オンラインでやるしかない」から「オンラインでも(意外と)大丈夫」という合理化である。いつしか、人と人が対面で会うことは贅沢品になってしまった。

そんな新しい世界では、これまで以上に民族やジェンダー、または世代や格差による断絶が進むかもしれないし、進まないかもしれない。いずれにせよこうしたトピックは、これまでもこれからも 多様性の街・新宿のメインイシューだ。クリアソン新宿はこの大都市・新宿で、サッカーの力を使って「人をつなぐこと」にチャレンジし続ける。そうして「まちをつくる」。夢物語で終わるか、現実のものとなるか。分からないからこそ、証明するのである。クリアソン新宿は、より 街へと入っていく。

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