なぜ、サッカークラブが塾事業?アカデミーで選手に向き合い続けた結果 たどり着いた、サッカーと勉強を両立させるための新しい支援の形

なぜ、サッカークラブが塾事業?アカデミーで選手に向き合い続けた結果 たどり着いた、サッカーと勉強を両立させるための新しい支援の形

今年度からクリアソン新宿は塾事業のスタートを発表した。アカデミーで感じていたサッカーと勉強を両立する上での課題、そもそも両立ってしなきゃダメなの?話は尽きることなく これからの教育の未来にまで及んだ。アカデミーダイレクターの神田、アカデミー ヘッドオブエデュケーションの吉村、そして塾事業の提携先である atama plus株式会社の稲田氏に、自身の体験も交えつつ熱く語ってもらった。

稲田 大輔(いなだ・だいすけ)
atama plus株式会社代表取締役CEO & Founder。東京大学大学院 情報理工学系研究科修了。三井物産株式会社に入社後、主に教育事業を担当し、海外EdTech 事業責任者等を歴任。2017年4月にatama plusを創業し、一人ひとりに合わせたカリキュラムを作成するAI教材「atama+」を開発、全国の塾などに提供、学習塾「進学個別 atama+塾」「atama+ オンライン塾」を運営。2022年にはビジネス雑誌が主催する「日本の起業家ランキング」で5位に選ばれた。

神田 義輝(かんだ・よしてる)
株式会社Criacao 執行役員、Criacao Shinjuku アカデミーダイレクター。大学時代には早稲田大ア式蹴球部(サッカー部)に所属。株式会社リクルートエイブリック(現 株式会社リクルートに入社)し、人材育成や採用を担当。その後はJリーグで選手に向けたキャリア教育事業に従事。株式会社Criacaoに入社し、アカデミーの立ち上げなどを行った。JFA公認B級コーチ、GKコーチライセンスレベル2を保持。水戸ホーリーホック元取締役。

吉村 雅文(よしむら・まさふみ)
順天堂大学 スポーツ健康科学研究科 教授、Criacao Shinjuku アカデミー ヘッドオブエデュケーション。順天堂大学蹴球部監督、全日本学生選抜監督などで長きにわたり大学サッカー界で指導。田中純也、天野純をはじめ多くの有力選手を育て上げた。

なぜ、サッカークラブが塾事業を?

―アカデミーを運営する中で、感じていた課題は何でしょう?

神田:
クリアソン新宿のアカデミーは「自律的に決断して他者に貢献して、自分と社会を豊かにしていく」ということを最上位の目的に掲げています。サッカーでも勉強でも一生懸命やりたいという強い意志を持つことが大事だと選手に伝えています。一方で、一生懸命やりたいけどサッカーと塾の時間が被ってしまう、サッカーと塾、自宅の場所が離れていて移動に時間がかかってしまうことが課題だとわかりました。部活であれば、学校の授業と同じ場所でできますが、今は部活も縮小する時代。クラブチームのアカデミーが、サッカーと勉強の両立を効率的にできる環境を作っていかないといけないと思いました。

―そんな中で、atama plusと出会ったきっかけは?

神田:
クリアソンのメンバーから、atama+塾が始まったことを聞きました。atama+塾のフランチャイズ事業が進んでいく中でクリアソンも手を挙げ、吉村先生をはじめアカデミーのスタッフが「めっちゃ良いですね!」と言ってくれました。経営会議では売上うんぬんの議論は出ましたが、大義があるんだからやろうとなりました(笑)。もちろん教育は1年だけやって成果が上がるものではないので事業としてサスティナブルに長く続けることが大事です。そこはatama plusのノウハウをお借りできるので大変心強いです。

稲田:
以前から、スポーツクラブの皆さまのお役にたてる機会はないかと考えていました。これまで、atama plusは全国の塾にAI教材atama+を提供する形で事業を広げてきたんですが、昨年からもっとサービスを広げようということで、フランチャイズの塾経営をスタートしました。フランチャイズ加盟は、英会話教室や鉄道会社など多岐に渡っていますが、スポーツクラブとしては第一号としてクリアソンとご一緒することになりました。

―塾事業は神田さんの念願だったと聞いています。

神田:
13年前、日本サッカー協会が主催のサッカークラブ経営者輩出を目的としたスポーツマネージャーズカレッジという講座を受けていたんですが、その卒業課題で僕はサッカークラブの塾経営の事業計画を書いたんですよ。13年越しの願いが叶いました。

―最初は「サッカークラブ」と聞いてどんなイメージでしたか?

稲田:
もっとサッカーだけを考えているイメージだったんですが、クリアソンにはサッカーを通じて社会に貢献する人を作っていくという理念がありました。私たちは教育の会社ですが、教育を良くすることが最終ゴールではなく、それを手段として自分の人生を生きる人を増やしていきたいという想いがあります。アプローチがサッカーか勉強か少し異なるだけで、お互い作りたい世界は近いはず。協働したらその世界にたどり着きやすくなると思いました。あと私は新宿近辺で育ったのでご縁も感じました。

神田:
我々も事業の親和性はもちろんですが、atama plusの理念に深く共感をしています。

サッカーと勉強が分断されてしまう理由

―そもそも、クリアソン新宿のアカデミーはなぜ両立を大切にしているんですか?

神田:
前提として、サッカーと勉強、両立したいかどうかは個人の人生観です。そこに興味がなければどちらかばかりをやればいいと思うんですが、その環境はすでに世の中にたくさんあって、我々がやる必要性を感じませんでした。だからクリアソンは両立を目指している人のための環境を作ることを使命にしようと。もう一つは、生きる上ではもちろんサッカーのレベルを上げていく上で、基礎学力はかなり重要だと考えています。テクノロジーの力で進化した分析のデータをどう扱うか、チームのコンセプトを理解して自分の個性とどうやってマージ(統合)するか、そのために他者とどうコミュニケーションするかというようなことです。持って生まれた身体的な才能だけで高いレベルを目指すことは難しいと考えています。

吉村:
長年、現場で子どもたちの指導をしてきましたが、やっぱり多くの子どもが「両立をできない」と決めてしまっていると感じます。ある時期になると、他の友達が勉強に集中するためにサッカーを辞めて、それで「自分も」と。いやいやちょっと待てと。勉強に集中したら本当に成績が上がるの?狭い見識の中で決めてしまうのはとっても残念です。サッカーというスポーツはとても難しくて、でも解決できると面白くて、それがサッカーを上達する重要なプロセスです。勉強や自分の生きる力を伸ばしていく上で、こんなに良い経験ができるスポーツはないのに、みんな完全に分けてしまう。

稲田:
サッカーと勉強、その分断が起きている原因は何でしょう?

神田:
冒頭にお話しした通り、一つは場所が離れているから。もう一つは、サッカーと勉強の能力がつながっていることが理解されていないからだと思います。Jリーグで仕事をしていたとき、チームの人事を司る強化部長50人を対象に、選手として10年以上活躍する上で心・技・体のどれが大事かを調べたんです。トップカテゴリーに入ると技や体は差が出なくて、それよりも心と頭の部分、非認知能力、内面の力が重要だという結果になりました。他者の言葉を理解して、内省して、発奮するようなことです。そして、それができるためには一定レベルの基礎学力が必要だと考えています。

吉村:
あとは「サッカーに集中しよう」「サッカーは今しかできへんで!」と洗脳した方が指導者は楽なんでしょう。指導者が高圧的にそういう表現をすると、選手は「勉強して睡眠時間が短くなるのは良くない」とか思ってしまう。そんなにパフォーマンスは変われへんのに。自分の可能性を広げていくのが育成年代なのに、その逆になってしまう。

神田:
ドイツ代表のアンダー世代は代表合宿でも勉強させているのを映像で見ました。

吉村:
ずいぶん昔、ヨーロッパに留学をしていたんですが、ビッグクラブには必ず心理カウンセラーと勉強を教えてくれる塾の先生がいるんですよ。練習の前後に、勉強でつまずいたところを一生懸命に聞いてくれるんです。約30年前ですが、すでにそういう体制になっていた。クリアソンが塾事業を始めるのも遅いぐらいですよ「神田さん、早くやれ」って思っていました(笑)。勉強頑張れへんやつが、なんでサッカー頑張れんねんという感覚が僕にはずっとあります。勉強できないやつがサッカーうまくなるわけない。やっぱりサッカーはそういう競技なんです。

稲田:
クリアソンは、短期ではなく中長期の育成を目的に置いていて素晴らしいなと思いました。

吉村:
日本サッカーの父、ドイツのデットマール・クラマー*1は「サッカーは少年を大人にし、大人をジェントルマンにする」と言いました。オランダのヨハン・クライフ*2も「We believe in dedication in education」つまり教育に関わることを惜しまなくやらないと、サッカーとスポーツは発展していかないと言っている。日本は誰が決めたのか、どうしてもスポーツはスポーツ、勉強は勉強みたいに勝手に分けてしまう。クリアソンでサッカーをしながらプロに行こうか東大に行こうか迷えるような環境が作れれば、こんなに素晴らしいことはないですね。

ブラジルと日本の違いから見る、これからの教育に必要なこと

―稲田さんが「教育も手段」という思想に至った経緯を教えてください。

稲田:
学生時代にちょっとだけ「お笑い」をやっていた時期がありました。なぜ社会人になるかを考えたとき「笑顔の総量を増やす」ことに人生をかけたいと思いました。そういう仕組みを創りたいと考えて最初は商社に入ったんですが、その後も笑顔はどうやって生まれるかを追求していきました。当時、日本はGDP世界第二位の経済大国だけど自殺者がすごく多くて、経済的に発展しているけど不幸せ。逆に、経済格差は激しいけどすごく幸せなのがブラジルで、だから日本の真逆のブラジルにいけば笑顔を増やすためのヒントが得られるかもしれないと考えて、社内の留学制度を使わせてもらってブラジルに行ったんです。そこでブラジルの人たちは「自分の人生を生きている」ということに気づきました。そして、それがなぜできるかというと、幼少期の過ごし方が違ったんです。だから、そこにタッチできる教育事業を始めたというのが、15年前くらいです。

神田:
具体的にどのように違うんですか?

稲田:
ブラジルの子供たちがどうやって育っていくかに興味があったので、たまたま友達になった学校の先生の授業を数ヶ月参観させてもらいました。すると、授業では生徒たちがプレゼンしたりディスカッションしたりしていて、授業の半分くらいの時間は生徒がしゃべっていた。日本ではほとんど先生がしゃべっています。ブラジル人の良いところは、圧倒的に他人と協働するのがうまいこと。コミュニケーションして、自分の思っていることを伝えて、一緒に盛り上がっていく。それは教育によって培われていたんです。

―それによって、自分で考えられる、決められる。だから自分の人生を生きることができるということですよね。

稲田:
その通りです。

神田
私はかつてJリーグでJリーグ選手のセカンドキャリア支援に携わっていたいました。サッカー選手は夢を叶えて幸せと思われがちですが、実はメンタル疾患の割合が多いことが分かりました。特に引退した後です。アスリートは選ばれ続けてきた側の人たちで、実は自分で選択した経験が乏しいんです。サッカーをやめた瞬間に、自分で選ばなきゃいけない人生が始まると行き詰まってしまう。

稲田:
一方で、ブラジルの貧困街では読み・書き・そろばんできないことによって職にありつけないという、幸せでない姿も広がっていました。日本だとどこのコンビニ行ってもお釣りが暗算で計算できる。日本人が得意な基礎学力も大事だし、ブラジル人が得意な人と協働する力も大事。両方は普通は難しいんですが、今はテクノロジーを活用すればできると思って、創業したのがatama plusです。

―これからの教育に必要だと思うことはなんでしょう。

稲田:
難しいですけど、私たちが「社会でいきる力」と呼んでいるものと「基礎学力」、両方が求められる時代になると思います。その上で、前者はどんな人生を歩みたいかによって習得すべきスキルが変わってきますが、基礎学力はどんな人生でも大事。今日の鼎談で、サッカー選手を目指している人にとっても必要だと理解できました。スポーツと関係がない人も、スポーツを途中までやってその後に違うことをやる人も、改めて基礎学力をちゃんと習得できる社会になればいいなと。もう一つは、教育って全員が受けたことがあるのでそれをベースに考えてしまいがちなんです。例えば少し前まではスマートフォンはなくて固定電話を使っていた。皆、当たり前のようにスマートフォンを使うようになっているのに、教育だけは昔の教育を基準に考えてしまいがち。テクノロジーは進化しているので、過去の教育とは全然違うことが実現できるようになっている。新しいものを取り入れたこれからの教育というものを、私たちも頑張るんですが、クリアソン、保護者、生徒たち、みんなで作っていくことが大事だと思います。

神田:
社会がどうなっていくか読めない時代なので、どういう教育が良いか、ちょっと予測不能な部分もあります。だからこそ自分で自分の人生を決めることが大切だと考えています。熱量を持って自分の人生を決めるためには、広く様々なものに触れることができる環境が必要だと思います。それは、稲田さんの言う通り「みんなで創っていくってこと」なんだと思います。水戸ホーリーホックの取締役をやっていたときに、吉田松陰らが学んだとされる「水戸学*3」を調べていたんですが、そこで文武不岐という思想を知りました。それは文も武も一体で、一方が向上すれば一方も相関するような関係にあるという考え方です。現代風にいうとSTEAM教育*4に近いと思うんですが、様々な知識や経験がつなげていくこと、そのために各分野の専門家やステークホルダーが連携していることが大切です。学校と家庭とフットボール、そして塾が分断されているのではなく、コンセプトを共有してやっていく。我々は新宿というエリアに根差した活動をしていて、サッカークラブとしてすでにたくさんのリレーションがあるので、そういった資産を活用しつつ、みなさんの力を借りつつ、子どもたちのための環境を創っていきたいです。

稲田:
スポーツと勉強、両方大事だとわかっていても、今までは実現しづらかったと思います。atama+塾では、 AIが一人ひとりに合わせた教材を自動的に作成し、定額で通い放題にしているので、いつ来てもよくてフレキシブルに通えます。まずはクリアソンとこの両立にチャレンジして、そこから先、スポーツ界全体に基礎学力をお届けできるようなところまで発展できればいいなと思います。

吉村:
僕は千葉県の田舎の方に住んでるんですけど、小学校は 1クラス 10人とか15人になっている地域もあって、さらにその中に外国籍の子どもが4人5人とか当たり前にいるんです。先生も言語が通じなくて授業が成立せず、ただ親が仕事に行ける時間を作ってるだけになっているという話を聞きました。例えばatama+塾のように、子どもたちが勉強に興味を持てる、そうやって自分で学んでいく力をつけられることが、今後の日本の教育では大事かもしれません。スポーツと勉強の両立についても、総論は賛成でも各論で見ると反対の人はいっぱいると思います。でも半年後、1年後に子どもたちが「こんなにいきいきしている」「こんなトライし始めたとか」ということを、我々が動きながら発信し続けることですね。そうして皆さんの力を借りながら、自分で生きている感覚を持った子が増えて、新宿に貢献できればいいですね。

神田:
教育というテーマでは、語り尽くせないことがまだまだたくさんあるので、こういうディスカッションも含めて今後もご一緒させてください。

―今日はありがとうございました。

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クリアソン新宿が運営する 進学個別 atama+塾 中井校

東京都新宿区上落合2-22-11 加瀬ビル155 7F
西武新宿線中井駅 徒歩4分・都営大江戸線中井駅 徒歩1分

入塾に関するお問い合わせなどは、こちらのサイトをご覧ください

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脚注

*1 デットマール・クラマー
デッドマール・クラマー(1925-2015)西ドイツ出身のサッカー選手、サッカー指導者。1960年、東京オリンピックに向けた強化・指導にあたるため日本代表コーチとして来日。以後、日本の強化、指導者養成、ユース育成等の礎を築き「日本サッカーの父」と称される。

*2 ヨハン・クライフ
ヨハン・クライフ(1947-2016)オランダ出身のサッカー選手、サッカー指導者。オランダ代表として、近代サッカーに大きな影響を与えたトータルフットボールを体現。指導者としては古巣のアヤックス、バルセロナなどで監督を務め、史上最高の監督の1人と言われている。

水戸学*3
江戸時代、水戸藩主徳川光圀「大日本史」編纂に端を発し、同藩で興隆した学派。儒学思想を中心に、国学・史学・神道を結合させたもの。開国後、吉田松陰らを通して明治政府の指導者たちに受け継がれ、天皇制国家のもとでの教育政策、国家秩序を支える理念としての大きな影響を及ぼした。

STEAM教育*4
科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術(Art)、数学(Mathematics)の5つの分野を統合的に学ぶ教育。技術革新が進み人工知能の影響で世の中が大きく変化する中で生まれた。

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