このたび、Criacao Shinjukuに所属しております鈴木翔登が、2025シーズン限りで引退することとなりましたので、お知らせいたします。

鈴木 翔登(すずき・しょうと)
ポジション
DF
出身/生年月日
埼玉県/1992年10月16日(33歳)
身長/体重
184cm/77kg
経歴
流通経済大付属柏高→流通経済大→ロアッソ熊本→ギラヴァンツ北九州→ロアッソ熊本→カターレ富山→福島ユナイテッドFC→クリアソン新宿
出場記録
J2リーグ 47試合2得点
J3リーグ 44試合1得点
JFL 36試合0得点(※11/11時点)
天皇杯 全日本選手権 10試合2得点

コメント
考えれば考えるほど、文章にまとめるのが難しくて、何度考えて綴っても、結局まとめきれませんでした。
長くなってすみません。
最初にも最後にも伝えたいことは、感謝です。
サッカーありがとう。
所属した全てのクラブの関係者の皆さまへ感謝申し上げます。
そしてクリアソン新宿、丸山代表を始めとするスタッフの仲間、ファン、サポーター、パートナーの皆さま、本当にありがとうございました。
来季クリアソンでプレーをしない決断をして、サッカー選手ではあまりない2度目の引退をします。
これは、この3年間の結果がシンプルにクビに値するものだと、自分が自分に対して出した提示です。
決められた人数の中で毎年重くなる1席に、自分の3年間の結果は値しておらず、他の選手がその1席で覚悟を持ってプレーするほうが、組織、クラブ、会社のためだと思いました。
毎年、新しい風が吹き込み、組織がいい意味で破壊され、歪な形の球体を全員で磨き上げ、年月を経て、大きく綺麗な球体となっていく。それが良い組織だと考えます。
なので、結果が出せなければ去る。
これは自分の一つの信念です。
このサッカー界にいるということは、結果が出せなければ自分がサッカーする権利は無く、権利は自分で得るもので、それが嫌ならこの道を選ぶべきではない。
そう思っているので、当然の結果ですし、後悔や未練も何もありません。
ただ、自分の今季のパフォーマンスを振り返ると、自分で言うものではないのですが、非常に興味深いものでした。
どんどん良くなる自分に、ここからどうなっていけるかという新しい発見もあり、プレーの精度は上がっていた自信があります。それでも数字では残せてない。
ある時期からは、自分が決断した来季はプレーしないことへのいろいろな感情がありました。
正直、来季続けることを囁く弱い自分が現れていたのも確かでした。
「来年やったら、どうなれるんだろうな」「まだいけるだろ」「よくなってるぞ」
けれど、そんな自分ときちんと向き合って、「いや、この1席はそんな甘いものではないよ。それを理解しているよね」
「自分がプレーしたいからと言って、やれるものではない。結果にシビアにいよう」って自分と会話してました。
今季はボランチでプレーすることが多く、夏前からずっとボランチでプレーしていました。
昔の自分を知る人なら、攻撃の芽を摘むガットゥーゾのようなイメージだと思いますが、攻撃でボールを支配したり、ボールを前線へ上手く繋ぎ届ける、コネクトするプレーの精度がかなり上がりました。
「気持ちくん」と呼ばれていた自分が、まさかボランチでプレーするなんて…。
サッカーの理解度が上がって、準備の速度が上がり、相手の守備構造を理解することで、高い技術で解決しなくてもプレーができるようになったのは、かなり自信になりました。
それはやはりキタジさん、北嶋監督のおかげでした。
2015年にロアッソ熊本に入って出会ってから、2025年の今まで、本当に自分を創ってくれたのはキタジさんで、全てのレベルを上げてくれたのも本当にキタジさんでした。
たくさん愛ある言葉をいただいたし、本気で泣かされることも、試合後、最高に喜びあってハグする時もありました。
全てが最高でした。最高な監督。最高な漢。
クリアソンでプレーするきっかけをくれたのもキタジさんでした。Jリーガーを自ら引退していた自分に1本の電話。
「まだわからないけど、現役復帰する覚悟があるかだけ、今聞きたい」。今でも忘れません。
自分の答えは、「キタジさんの力になりたい。キタジさんとプレーさせてください」でした。
そこから丸山代表や、たくさんの社員の方々とコミュニケーションを取らせてもらって加入に至りました。
こんな自分を受け入れてくれたことに心から感謝です。
クリアソンに来てからは、本当にサッカーを通じて、心が成長する毎日でした。
「サッカーをなんでプレーしているか」。ずっと問い続けました。
体が重い日も、体がキツすぎる日も、苦しい時も、悲しい時も常に自分と向き合って、「自分は応援を感動で返す」。
この言葉を自分のプレーの大義として走り続けてきました。
昨季終了のタイミングで、キタジさんと話し合って、今季プレーする決断をしました。そして、覚悟を持って、もう一つ目標を立てました。それは、「キタジさんを漢にすること」。
結果は、個人としてももちろん満足いくものではなく、チームとしても成績を残せなかった。
自分はキタジさんの力になれなかった。
悔しい。申し訳なかった。
「人間力」という言葉をものすごく感じた、クリアソンでの3年間でした。
本当にすごい人たちばかりで、かっこよかった。書ききれません。
艱難辛苦の連続も乗り越えられて、明日への力に変えられたのは、チームのみんなのサッカーへのあり方や生き方が漢だったから。「俺もすごくやらないと」となっていました。
最後に、全ての皆さまへ。
改めてJリーガーから10年間、本当にありがとうございました。
苦しいときも悲しいときも、いつも心には応援してくれる全ての人がいました。
応援をされる側は、本当に応援する人が思っている以上に力になっています。
たまに腹が立つこともあって、特に熊本のゴール裏とはいろいろバチバチした時もあったけれど、「それも愛だったんだな」って、今はすごく思えます。ありがたかった!好き!(笑)
今季最後までクリアソン新宿の選手として、自分は思い出作りなんかするつもりは全くなくて、全身全霊、真っ向勝負、気合いを入れて戦い抜きます。
「俺がチームを勝たせる」って鼻息荒く、牙剥き出しで最初と何ら変わりなくいきます。
最後まで一緒に戦ってください。
よろしくお願いします。
All My Homies!!!







